慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)は、器質化した血栓が肺動脈を閉塞し、肺血管抵抗の増大と右心不全を引き起こす指定難病(第4群肺高血圧症)です。
薬剤師がこの疾患に関わる際、「生涯にわたる血栓再発防止(抗凝固)」、「集学的治療における微小血管病変への介入(肺血管拡張)」、そして「右心不全マネジメント(対症療法)」の3軸を連動させた薬学的管理が求められます。
以下に薬剤師的な考察と薬学的観点を整理します。
- 抗凝固療法の管理:生涯にわたるコンプライアンス維持
CTEPH治療の絶対的基盤は、再発予防を目的とした生涯にわたる抗凝固療法です。
薬剤選択のパラダイムシフトと評価
従来はワルファリン(PT-INR 1.5~2.5目標)がゴールドスタンダードでした。
近年はDOAC(直接経口抗凝固薬)も広く処方されていますが、抗リン脂質抗体症候群(APS)合併例ではDOACが禁忌(ワルファリンを選択)となるため、背景疾患の確認が必須です。
薬学的介入ポイント
服薬アドヒアランスの死守: 1回の飲み忘れが命に関わる(肺塞栓再発)ため、患者の生活習慣に合わせた一包化や服薬アラームの提案をします。
相互作用と食事管理: ワルファリンにおけるビタミンK(納豆・クロレラなど)の食事指導、および他診療科からの併用薬(NSAIDsなどによる出血リスク増大)の処方監査を徹底します。
- 肺血管拡張薬の適正使用とタイトレーション(用量調節)
CTEPHは外科的治療(PEA)やカテーテル治療(BPA)が第一選択ですが、「手術不適応例」「術後遺残・再発例」に対して肺血管拡張薬が使用されます。
本邦で適応を持つ2剤には、極めて専門的な薬学管理が必要です。
① リオシグアト(商品名:アデムパス)
薬理特徴: 可溶性グアニル酸シクラーゼ(sGC)刺激剤。NO(一酸化窒素)に依存せず直接sGCを刺激し、cGMP産生を促して肺血管を拡張します。
薬剤師の視点:
PDE5阻害薬(シルデナフィル等)や硝酸薬との併用は「禁忌」です。過度の血圧低下を招くため、他院での処方歴も含め厳重にチェックします。
喫煙による影響: 喫煙により本剤の血中濃度が低下するため、禁煙指導が不可欠です。
② セレキシパグ(商品名:ウプトラビ)
薬理特徴: 選択的プロスタサイクリン受容体(IP受容体)作動薬。
薬剤師の視点:
副作用マネジメント: 投与初期や増量期に、プロスタサイクリン作用特有の「頭痛」「下痢」「顎痛」「潮紅」が高頻度で発現します。
タイトレーションのサポート: 1回0.2mgから開始し、患者の「忍容できる最大用量(最高1回1.6mg)」まで段階的に増量します。
薬剤師は副作用の程度をきめ細かくモニタリングし、支持療法薬(解熱鎮痛薬や整腸薬)をあらかじめ処方提案(オンデマンド対応)しておくことで、患者が自己中断せず維持量に達できるよう伴走します。
- 右心不全症状と全身状態のコントロール(支持療法)
病態が進行すると右心系に負荷がかかり、体循環の鬱血(浮腫、腹水、尿量減少)が生じます。
利尿薬の適正化: ループ利尿薬(アゾセミド、トルバプタン等)や抗アルドステロン薬が使用されます。有効性と安全性の指標として、「毎日の体重測定」「電解質(K、Mg等)の変動」「腎機能(Cr、BUN)」を薬歴上で追跡します。
酸素療法の確認: 在宅酸素療法(HOT)を行っている患者に対しては、機器の使用状況や、労作時息切れの具体的な頻度・タイミングをヒアリングし、心不全悪化の予兆を早期に察知します。
- 医療経済的サポートと多職種連携
指定難病制度の活用: CTEPHは指定難病(医療受給者証の対象)です。肺血管拡張薬は非常に薬価が高額であるため、患者が経済的理由で治療を断念しないよう、制度の更新手続きや自己負担上限額について医事課やMSW(医療ソーシャルワーカー)と連携して情報提供します。
周術期(BPA・PEA)の連携: 専門施設でカテーテル治療(BPA)などを行う際、抗凝固薬の休薬・再開プロトコルが施設ごとに定められています。
地域薬局の薬剤師であっても、退院サマリーを通じて「現在の治療フェーズ(根治治療中なのか、内科的維持療法なのか)」を正確に把握し、一貫したケアを提供することが求められます。
薬学的観点から、CTEPHは単に「血圧を下げる薬を出す」疾患ではなく、血栓形成プロセス・血管内皮機能・心負荷の3点を包括的に評価し、強力な薬剤を患者の忍容性に合わせて職人技のように微調整していく疾患といえます。



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